• ご挨拶
  • 事業紹介
  • 会社概要
  • 私たちの歩み
  • リクルート情報

私たちの歩み

私たちの歩み

  • 1946~1975
  • 1976~1996
  • 1997~現在

お問い合わせ

1976~1996

ノイシリンのパイオニアとして

昭和48年のオイルショックから始まった大不況は、医薬品業界にも大きな痛手を与えました。富士化学工業も苦しい時代がしばらく続きました。しかし、昭和51年に独自の合成方法で国産化に成功した抗悪性腫瘍剤「ネベルクカプセル」を、当社初の製剤化商品として発売。医療の発展に貢献するとともに、業績は再び上昇の兆しをみせます。昭和52年、西田安正社長(当時)は、「独創的な医薬品で尊い人命を救うための新薬開発の体制を組み立て、未来に明るい希望の灯をともす」と述べ、最先端の合成設備を次々と導入。以後数年の間に革新的な技術向上を果たし、国内外の有力医薬メーカーのパートナーとして評価される位置づけとなりました。その後も、大型スプレードライヤーの導入により合理化を推進し、さらにオーファン薬分野に特化した研究開発を進めるなど、パイオニアとしての堅実かつ効果的な施策を実現。平成7年には西田光德が社長に就任し、製造・販売・品質保証までの新たな体制を築き上げてゆきました。

西暦 富士化学工業のあゆみ 日本のあゆみ
1976年 ネベルクカプセル新発売。 ロッキード事件発覚。
1977年 郷柿沢工場に有機薬品工場第2棟完成。社長、科学技術庁藍綬褒章受賞。 静止気象衛星「ひまわり」打ち上げ。王選手、756号ホームラン。
1979年 郷柿沢工場に有機薬品の試作棟完成。 東京サミット開催。
1980年 郷柿沢工場に4号スプレードライヤー完成。中部地方発明表彰、富山県知事賞受賞。 鈴木善行内閣成立。モスクワ五輪開幕。GMP省令公布。
1981年 FDA工場査察第1回目受審。郷柿沢工場に5号スプレードライヤー完成。 神戸ポートアイランド博覧会開催。第10改正日本薬局法を公布。
1982年 郷柿沢工場に製剤工場、品質管理棟完成。 東北新幹線、上越新幹線開通。中曽根康弘内閣成立。
1983年 FTQCの導入。FDA工場査察第2回目受審。 GLP施行。日本海中部地震発生。
1985年 郷柿沢工場に無機薬品試作棟完成。FDA工場査察第3回目受審。 科学万博つくば‘85開会。日航機墜落事故。
1987年 郷柿沢工場に有機第3棟完成。 国鉄民営化、JR誕生。
1989年 製剤研究棟完成。
FDA工場査察第4回目受審。
昭和天皇、崩御。新元号「平成」始まる。
1990年 郷柿沢工場に有機第4棟完成。アンガスト発売。 ベルリンの壁、崩壊。日本人初の宇宙飛行士誕生。
1991年 オルダミン発売。社長、勲四等旭日綬褒章授賞。 イラク、クエート侵攻。湾岸戦争始まる。雲仙普賢岳、噴火。
1994年 アスタカロテン社(現在のBioReal Sweeden)が世界初のヘマトコッカス藻の工業的屋内タンク培養に成功 連立与党羽田内閣発足、関西国際空港開港
1995年 西田安正、会長に就任。西田光德、社長に就任。
FDA工場査察第5回目受審。
阪神大震災発生。オウム真理教による地下鉄サリン事件。
1996年 郷柿沢工場に有機精製棟、第三無機工場完成。 O-157による食中毒が流行。アトランタオリンピック開幕。

▲このページのトップへ